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【適当】ドラムサークルカゴシマ♪96

Dck96_170923 ・2017年9月23日(土)10:30~11:50
・鹿児島市青年会館そう舎にて
・参加者:子ども3名+大人17名
・ファシリテーターチーム:もりぶー、みわ、しほ、ゆたか
 
 地道につづけてきたコミュニティドラムサークルも96回目となりました。昨年夏からのビョーキで中断があり、4月に再開して3回目。でも、ボクのカラダは依然不自由なため、同時にもりぶー、みわ、しほ、ゆたかの4人でDC(ドラムサークル)の場をファシリテートするようになりました。その間に多数のDC現場をみんなで経験し、半年。この4人でファシリテーション4つのスキルのうち「場のデザイン」が「適当」にできるようになったなぁ、と。要はボクからの指示が「適当に」で「適当に」通じるようになってきたのです。実に「適当な」4人になってきました。これはリーダーとして正直、ウレシイ。楽ですから。(笑)・・・・楽である、ということは文字通り楽しいワケです。ボクが楽しいと、みんな楽しい!?
 今回は、参加者の予約状況からイスセットは7×3=21で一重の輪を選択。あとは適当に。これがイスとイスの感覚、ベースの位置、楽器の種類による配置など、実は「適当」にできるようになるまで経験が必要です。うん、それが半年かけてできてきたなぁ!さぁ、次は「対人関係づくり」、「構造化」、そして「合意形成」へとすすみますよー!!
 ビョーキ以降のボクのDCは、自分のカラダのこともありますが、音のきこえ方も変わり、ボクはビョーキ以前のようにあまりうごき回りません。それが、スタッフの思考を刺激し、より参加者主体のDCの音をひきだすことに好結果を生んでいる気がしています。今回もセッティングを適当に終えたら、ゆたかは駐車場整理に走り、ボクとみわとしほは適当に参加者をウェルカムし、後は適当にみんなとドラミングを楽しみました。
 そんなドラムサークルカゴシマ、次回第97回目は、11月26日、いいフロの日です。みんなでタイコ叩いて、温泉行こう!

【志事】福平平川地区子育てサロン楽しいリズム遊びドラムサークルドラムサークル7

_20170921_130404 ・2017年9月21日(木)10:00~11:30
・鹿児島市福平福祉館
・参加者:おともだち~お母さんたち~大先輩方まで約50名
・ファシリテーター:もりぶー

 
 2010年から毎年この時期にご依頼いただいている地域の子育て活動でのドラムサークル。昨年はボクが7月に病にたおれ入院してしまったので、キャンセル。2年ぶりの開催で、7回目になりました。参加者は、地域の未就学児とママたち、幼稚園のおともだち、その職員の皆さん、そして大先輩方です。
 4月にドラムサークル活動に復帰してからというもの、ビョーキのビフォーアフターで変化したこととして大きく感じていることのひとつ、それは「音のきこえ方」です。今回も、4世代にわたる参加者の皆さんの、自由な音の広がりがとてつもなく美しく感じとれました。それはビョーキ以前は感じとれなかったきこえ方です。当然ながら最初その音は、散らかりまくっているのですが、だんだんとまとまっていきます。ビョーキ以前もそれはやってましたが、それはボク自身のキューやコールに、参加者の音をまきとっていくやり方が主流だったように思います。そのためのきこえ方だった、
 でも、ビョーキ以後の今は、参加者の音にみんなの音を寄り添わせていく、そのためのきこえ方を感じ、そのためにボク自身が動く。どっちがよりファシリティブか!?当然ながら「今」なわけで、この点だけとっても、ビョーキしてほんと良かった!と感じるのです。
 正直、小さな子どもたちから高齢者の皆さんまで、ジェネレーションギャップの広すぎる50人に対する90分という枠組みは、以前はキツかった。小さな子どもに対するアプローチと高齢者に対するアプローチはまったく違うので、それを同時に90分つづけなければならないという、要は間が持たない。しかし、今回は実に心地よいフロー現象が起こり、あっというまの90分。やはり自由な音の場にいるのはボク自身が心地よく、みんなが楽しそう。そんな場づくりをしたい人たちのやりたいことを容易にすることが、ボクのファシリテーターとしての志事。
 もりぶーへのお志事のご依頼は、リズムハートまで!

【変革】鹿児島ジャズフェスティバル2017VOL.1

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・2017年9月9日(土)10日(日)
・鹿児島市天文館公園周辺一帯にて
・動員数:両日述べ1万数千人以上・・・
・主催:鹿児島ジャズフェスティバル実行委員会


<<経緯>>21463078_1429608890480561_780854088
 ボクが退院してまもない2017年2月、SNS上に「鹿児島ジャズフェス」の文字が躍った。主導者は鹿児島薩摩川内市出身で鹿児島市在住ながら全国的に活躍するジャズピアニスト松本圭使。彼のことは彼が高校生の頃、音楽喫茶「コロネット」でピアノ弾き出した頃からよく知っているし、一時期、ボクのバンドのピアニストとしても一緒に活動した。ボクは彼に「大変だろうけど、がんばってね。応援してるよ。」とメッセージ。すると、彼は「何言ってるんですか!一緒にやりましょう!」と。ウレシカッタ・・・。今、こんなカラダのボクでも、力を貸してほしいと圭使が言っている。ボクは鳥肌が実った。ボクはアドバイザーという役目で実行委員会に参画させてもらうことに。ボクはボクの30年にわたる鹿児島ジャズの場づくりキャリアを全部、このイベントに注ぐことに決めた。
<<天文館とジャズの親和性>>
21557173_1100807426719384_259932957  鹿児島市内中心部にある繁華街、天文館は高度成長期の1960年代、昭和30年代後半~40年代前半にかけて、東洋一の盛り場とうたわれ、いくつものキャバレーが跋扈、バンドマン=ジャズマンたちは夜の蝶たちと共に欲望の歓楽街を跳梁した。そんな歓楽街としての天文館は、同時に映画館、レコード店、楽器店、書店、そして画材店においしい食べ物屋などがいくつも立ち並ぶ文化の街でもあり、要するに粋な大人たちが自由を謳歌する「ジャズな街」であった。
 そんな天文館のはずれでボクの母ナツ子は50年近く美容院を営み、夜の蝶たちをネオン街に送り出しつづけた。そしてボクはこの街、今回の鹿児島ジャズフェス会場一帯で遊んで育った。そのあたりの風景は拙著「薩摩青春ジャズ帖Keep Swingin'」に詳しい。(笑)
 しかし、時代のうつりかわりと共に、キャバレーはとっくに無くなり、一時は映画館も全面撤退、ジャズは狭いジャズ喫茶と、敷居が高くて入りにくいジャズクラブへと押し込まれていった。そんなジャズクラブも旧パノニカを最後に2000年に無くなり、ジャズ喫茶も2017年鹿児島ジャズフェスのスタートと同時に最期のジャズ喫茶「門」が閉店となる。それでもジャズは、その遺伝子を受け継いだ若者たちが、しぶとく次のチャンスを虎視眈々とねらっていたのである。
<<鹿児島でのジャズフェス>>Dsc_3671_2
 KJFが「鹿児島で初のジャズフェス」とうたわれることがあるが、そうではない。かつて鹿児島には旧パノニカオーナーだった中山信一郎さんが中心となった「鹿児島モダンジャズの会」というのがあり、先述の天文館ジャズエイジの1960年代には、ジャズフェスではないが渡辺貞夫、日野皓正、チャーリー・マリアーノ、ヘレン・メリル、そしてなんとアートブレイキー&ジャズメッセンジャーズまで招聘し、南日本新聞社との共催ながら、鹿児島県立体育館を満員にしていたという事実がある。 
 そして1980年代、これも中山さんと新聞社による「新春ジャズフェスティバル」が県文化センター(現:宝山ホール)にて数回開催され、1990年代のバブル期には南日本放送主催による野外フェス「MBCジャズ&ポップ」が七つ島の原っぱで2年に渡り2回開催された。
 その後、鹿児島でのジャズフェスは冬の時代を迎えるが、手前味噌ながらボクが有志と企画制作した「みんなで育てるカゴシマジャズフェスSweet Poteto Jam(SPJ)」が2011年からスタート。天文館の音楽基地CAPARVOビル全体を会場とする、中規模ながら趣向を凝らした企画で好評を博したが、毎年イベント終了後にボクが大腸出血で入院するという過労なやりかたがたたり、5年間、5回で終了。
 そんで、今回の鹿児島ジャズフェス(KJF)につながるという・・・・。
<<鹿児島ジャズフェス(KJF)のビジョン>>
Dsc_3655  鹿児島ジャズフェスティバルWEBサイトにもあるように、KJFのビジョンは、「ジャズによる鹿児島の発展への貢献」。ボクがこれまで企画制作してきた様々なジャズイベントも、その先には同じ夢を描いていたけど、いつかそうなったらいいんだけどな、とソレはなんらカタチにならない「思い」として胸にとどまっていた。そしてSPJの挫折、頓挫でどこかで「もうボクにはムリ・・・」というアキラメも。
 しかし、ジャズピアニスト松本圭使は、その夢をKJFで具体化させ、実現させるべく動いた。そして今回の第1回目で、その夢につながる結果をのこした。あっぱれ!!!!
<<KJF2017のコンテンツ>>21430497_1575918222444000_863793688
 KJFはジャズフェスだ。ジャズはなんでもありの音楽だけど、ボクが主導したSPJしかり、ジャズ以外の音楽まで内包したジャズフェスが全国あちこちで行われる中、ジャズだけにしぼって構成するのはかなりなチャレンジ。かつ今回のKJFは、基本的にパーマネントなバンドではなく、旬なアーティストを個別にブッキングし、事前の打合せと鹿児島入りしてからのリハーサルだけで、本番での化学反応でどんなジャズになろうかというスリル感満載、大規模なジャズフェスにおいてほとんどのアーティストが経験したことの無い斬新極まりないコンテンツ企画!それが実に功を奏した。若いアーティストのエネルギッシュな音に、ベテラン勢は全身全霊で応えた。音楽性の違いから普段交わることの無いアーティスト同士が、渾身の音をぶつけあい刺激を交換する姿に大観衆が興奮した。ジャズって、そのジャズがジャズであるところを見せつけさえすれば、子どもからおじいちゃんおばあちゃんにまで誰にでもウケるんだ!わかってもらえるんだ!ボク自身が、「ジャズは一般の人には誤解されやすい音楽」と誤解していた。ジャズは閉鎖的な音楽だと思われている、とボク自身が無用なる思い込みに、そのジャズの価値を閉じ込めていた。
 そこに、芳醇な地ビールがあり、なんつあならん本格焼酎があり、うんまか地元の食材がある。KJFは、ジャズの価値を鹿児島の地から世界に向けて解放させる。
<<素晴らしきKJFの仲間たち>>
Dsc_3668  ジャズピアニストであり実行委員長の松本圭使くんは、KJF実行を決断し実現した、その勇気と行動力に最大の賞賛を。副委員長のあいかちゃんには、小さな身体と大きな愛でその膨大な仕事量をこなしきってくれたことに最大の感謝を。各会場の舞台づくりにプロとしての力量以上にKJF愛を注ぎ、メインステージは最高の音響だったと高評価ののいちゃん。協賛社様対応からボランティアスタッフ対応まで、日頃の経験値以上に鹿児島愛を注いでくれたりんちゃん。毎回のミーティングに枕崎から参上し、出店業者さんとボランティアスタッフの対応に献身、KJF直後に赤ちゃん産まれたそうちゃん。ポスターやフライヤーなどの販促物製作にとどまらず、その膨大な情報量から面倒なこと極まりないプログラム、ロードマップづくりまで、彼のジャズ愛がなせる業かと思いきや、さらに膨大な写真、ビデオの記録まで1年のうちの仕事の何割を費やしたのかという大作さん。公共掲示板抽選対応にはじまり、県内外へのポスター貼りフライヤー設置行脚から、イベント2日間の本部対応まで、献身してくださった上栗さん。イベント2日間の的確な本部対応で安心のイベント運営をささえてくれたまさこさん。アーティストのアテンド対応にその機動力をいかんなく発揮してくれたしゅんすけくん。炎天下の会場内でのプログラム配布をもくもくとこなしてくれたアッキーとYPOの皆さん。YPOバンマスの中島さんは最後の天文館キャバレージャズマンのお一人!会場内のごみ回収や清掃に、空いた時間はパンフ配りまでオールラウンドに対応してくれたゴスペルYGクワイヤの皆さん。そして舞台に会場内にイベント全体にわたってチームの総合力を発揮してくれた鹿児島大学ジャズバンド部の皆さん。みんな、ありがとう!!!
<<ご協賛ご協力下さった企業、団体、個人の皆様>>21462345_1431297280311722_186199329
 おかげさまでKJFという鹿児島の新しい名物が生まれました。ありがとうございます。今回の第1回は手探りでしたが、各会場の予想を大いに上回る盛り上がりに来年以降の開催に大いに手ごたえをつかみました。来年以降、KJF目当てに世界中から鹿児島に観光客が訪れ、日本を代表するジャズフェスに成長していけるよう、その過程を一緒に育てて行っていただけたらと思います。どうか来年以降もよろしくお願いします。
<<KJFはジャズと鹿児島を変革させる>>
21462552_1575918239110665_767610421  ボクはこれまで企業協賛と補助金助成金で運営する入場無料の音楽イベントに懐疑的だった。ライブを観に来るかワカラナイ広告目的でお金(協賛金)出す人に頭下げるより、ちゃんと会場に足を運んで音楽を楽しんでくれるチケット買ってくれる人に頭下げるべきだろう、と。その考えは間違っていた。その考えが今までジャズに広がりを持たせられなかった要因だったのだ。
 協賛企業様側は広告だけではなく、今回のボクら実行委員会の目論み同様、イベントの先にある「鹿児島の発展」に投資してくれ、そのおかげで入場無料イベントが実現し、多くの来場者をこのイベントに惹きつけた。
 ジャズはマニアックで閉鎖的な音楽と、勝手にジャズの側が思い込んでいた閉塞感を、実行委員長松本圭使自らがぶち壊し、その価値を解放することで、ジャズと鹿児島に変革をもたらそうとしている。
 ボクは、ボク自身がジャズの側に居ながら、ジャズをみくびっていた。KJFはジャズを通じて鹿児島を変革させる。今から来年が楽しみでスィングしまくりー!!!!
<<自分自身の変革>>21430455_1450791664969349_455762719
 ボクも現在、ビョーキ(脳卒中後遺症)からの復興回復で、自分自身変革の真っ最中。ジャズドラマーとしての復帰を完全復興の目安にしているが、KJF同様、そこが目的ではなく、そこは通過点、その先にあるのは・・・・
 さぁ、無用なる思い込みは捨てて軽やかに前にすすもう!
 

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